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「子どもの貧困問題」っていうけれど、オトナの心の貧困をまず解決しませんか?

2016.10.16 | 人間ドラマ

著者:大西桃子

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今回は、ちょっと固い話から入ります。
最近、よく聞くようになった「子どもの貧困」という言葉。
昨年あたりから、日本の子どもの貧困率はOECD34カ国中11位になっているとか、子どもの6人に1人が貧困環境にあるといったデータとともに、その子どもたちの生活実態が多く報道されました。

子どもの貧困問題を語るときには、子どもの健康や学力、社会的孤立や将来への影響など、さまざまな観点が出てきます。必要な支援も、ただお金があればいいというものではありません。
なぜ貧困になったのか、貧困だから何が問題なのか、多角的に紐解いて行かなくてはいけないことが多く、親の生活や就業状況にも話は及んでいきます。
ひとことでは語れない難しさがあるということです。

そんな中で最近思うのは、子どもの貧困そのものをなんとかしようと動くよりも、社会にいるオトナたちがもっと人と関わって、思いやりを持って過ごすようになったほうがシンプルだし、簡単なんじゃないのかなということです。

長くなってすみません。やっと映画の話に入りますね。
映画『誰も知らない』は、1988年に起きた、巣鴨子ども置き去り事件が題材になっています。4人兄弟の父親が蒸発し、母親も家を出ていってしまい、お金はときどき送るものの、ほぼ育児放棄状態になっていたという事件です。

こうした事件は、平成に入ってからもっと起こりやすくなっているんじゃないかなと思うんです。4人の異父兄弟は、出生届けも出されず、学校にも行かず、また家に4人兄弟が住んでいるということも隠されたまま、ぎりぎりの生活を続けます。これが私たちの生活の近くで起こっていたとして、「絶対に気づける」自信、あるでしょうか。

また、園子温監督の『ヒミズ』でも、借金に追われて家に帰らない父親と、育児を放棄する母親の元で生きる中学生の男の子が描かれています。彼は貸しボート屋をやりながら日銭を稼ぐことになるのですが、そういう子が近くにいたとして、助けが必要だと気づけるでしょうか。

でも、『ヒミズ』の中学生、染谷将太演じる住田くんには、ドン底に落ちながらも最後には希望の光がちょっと差します。それは、彼のことを気にかけ、ひたすらに「ガンバレ」と言い続ける同級生がいたから。また、彼を心配しながら見守るオトナたちが周りにいたから。

この「誰かが見てくれる」ということは、年齢にかかわらず人間にとってはすごく大切なのではないかなと思うんです。
『誰も知らない』や『ヒミズ』のような子どもたちを生まないためには、もちろん同じ社会で生きる子どもたちを近くにいるオトナたちが「見る」ということも必要だし、もっと根本的なことを言えば、その親を「見る」ということも必要なんじゃないかなと。

今、子どもの貧困問題がメディアで取り上げられると、こんな反応が結構あるんです。
「親の自業自得」「行政なんとかしろ」「親の怠慢のために、なぜ税金が使われるのかわからない」……。
でも、そんなこと言ったって子どもたちは救われるわけじゃないし。
孤独って、人が幸せに生きるうえで何よりも障害になるものなんじゃないかなとも思うんです。そして、私たちだっていつその「孤独」に陥るかわからないわけです。そんなとき「自業自得」なんて言われたって、何の救いにもなりません。

でも、もうちょっとずつ私たちひとりひとりが、人と関わることを大切にしたり、誰かを思いやれたりすれば、たとえ金銭的な面では救われなかったとしても、ドン底に落ちていく子どもたちは少なくなるんじゃないかなぁと。
私たちオトナの心の貧困を解決して、ちょっとだけあったかく生きようと頑張ってみる。問題を分析して外野気分でああだこうだ言うんじゃなくて、まずはそこから始めてみたら、もう少しこの国の子どもたちは幸せに生きられるんじゃないでしょうか。


「ヒミズ」

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「誰も知らない」

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「ヒミズ」(C)「ヒミズ」フィルムパートナーズ
「誰も知らない」(C)「誰も知らない」製作委員会


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