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女の子のパパ必見!娘を嫁に出した父の老いと孤独に迫る名画

2016.09.01 | 人間ドラマ

著者:伊藤淳子

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古い日本映画を見る楽しみの一つは、すでに功成り名を遂げた大スターの若き日の姿を目にすることができること。いまや日本を代表する女優の一人である岩下志麻が初々しいヒロインとして登場する『秋刀魚の味』(小津安二郎監、1962年公開)もその一つです。

妻に先立たれ、年頃の長女(岩下志麻)と次男(三上真一郎)と暮らす平山(笠智衆)は、学生時代からの悪友二人に「そろそろ娘の結婚を真剣に考えろと」とせっつかれ、縁談を持ち込まれますが、できれば娘を手元においておきたいという気持ちがあり、なかなか積極的になれません。娘も父の気持ちを受け止め、「まだ結婚する気はない」と言います。

そんな平山が娘の結婚に向けて動き出したのは、同窓会の席で中学時代の恩師(東野英治郎)と再会し、酔いつぶれた恩師を家に送り届けた際、かつては学生たちのマドンナ的存在だった恩師の娘(杉村春子)の変貌ぶりに愕然としたから。単に老け込んだだけでなく、泥酔した父親に対するとげとげしい態度の中に、独り身を続ける娘の不幸が滲み出ているように感じたのです。後日再会した恩師は「(妻に先立たれた後)おれはあいつをいいように利用してしまった」と、娘に対する後悔の気持ちを口にします。この父娘は、将来の自分と娘の姿かもしれない……。そうはならないためにも、父は娘を嫁に出す決心をし、友人が持ち込んできた見合い話を進めてほしいと頼むのです。

そこから結婚式の朝の平山家へと、場面は一転します。ここでは、すっかり支度を整えた花嫁姿の娘を見た父に「きれいだよ」と言わせるだけで、結婚式のシーンは省略されています。娘の結婚相手は顔も名前も一切出てこないし、結婚式で泣く娘、必死で涙をこらえる父親といった俗っぽい演出もありません。清楚で美しい岩下志麻の花嫁姿があれば十分、ほかは一切いらないという省略の仕方が見事です。

次の場面では、結婚式を終えた平山が、世話をしてくれた友人の家で学生時代の仲間たちに囲まれて酒を飲んでいます。けれどそこを早々に辞し、次に向かったのは、亡くなった妻にどこか似ているというママ(岸田今日子)が切り盛りするバー。
「今日はどちらのお帰り……お葬式ですか」「うーむ、ま、そんなもんだよ」という、笑いと苦さを含んだ二人のやりとりが絶妙です。

日本が高度経済成長期にさしかかり核家族化が進み始めた時代を背景に、娘を嫁に出した父親の老いと孤独をコミカルに描いたこの映画は、はからずも小津監督の遺作となりました。公開翌年の1963年、小津監督はがんに倒れ、60歳の誕生日を迎えた12月12日、惜しまれながらその生涯を閉じました。

適齢期の娘と娘を嫁に出す父親を描いたという点で、この映画は原節子が初めてヒロインを演じた『晩春』(1949年)に通じるところがあります。けれど、『晩春』のヒロイン紀子が、母亡き後、敬愛する父の身の回りの世話をしながら暮らす箱入り娘であるのに対して、この映画で岩下志麻が演じた路子は、会社に勤めながら一家を切り盛りする「働く女性」である点が大きく違います。

また近くの団地に暮らす長男夫婦(佐田啓二、岡田茉莉子)は結婚しても共稼ぎを続け、夫が早く帰った日には、料理をしながら妻の帰りを待っています。数ある小津作品のなかでも、率先して家事を手伝う男性の姿が描かれているのは、おそらくこの作品だけでしょう。
時代の変化とともに夫婦や家族の形も変わっていかざるを得ません。映画を通して日本の家族像を描いてきた小津監督がもう少し生きながらえていたら、’60年代半ば以降の急激な変化をどんなふうにとらえたでしょうか。それが見られないことがとても残念です。


「秋刀魚の味 ニューデジタルリマスター」

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「秋刀魚の味 ニューデジタルリマスター」(C)1962 松竹株式会社


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